昨日、ロシア人いついて人種・民族についてあれこれ述べたが、ロシア人憎し・信用ならないという、ウクライナ可哀想、支援してあげたいということが実はそうではないという歴史的事実について一つ書いておこうと思う。

ロシアのウクライナ侵攻以降、我が国においては、あしやなどの出身の悪い奴ロシア人、対してクリスなど出身の可愛そうなウクライナ人という図式が成立しているようだが、日本人側立場として見た場合歴史的事実はそれ程単純ではない。

1945年8月、日本が万策尽きて降伏間近じかにあった時、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して満州国・樺太・千島列島になだれ込んできた。実はこの時のソ連軍の兵士はウクライナ人を中心とする部隊だった。

この事実について書いた記事が殆んどないので敢えて書いておくが、一方的に攻めてきたウクライナ人を主力とする部隊は日本人の民間を殺戮し、婦女子強姦、略奪といった蛮行の限りを尽くした。

ではなぜウクライナ人が極東戦線に配備されたのか。それはウクライナ人を対独戦線に配備すれば同族同士の相打ちになるから信用ならないと見られていたからだ。そもそもウクライナは歴史的にも反ロシアが精神が強く、特に1930年初頭のスターリンによる穀物強制徴収命令でウクライナ人口の2割から3割以上が餓死したような圧政が繰り返されたからだ(ポロドモール飢餓)。

ウクライナは、こうした歴史的経緯と元来反共地域(クリミア・ボルガコサック白軍主力兵の産地)だったということもあって、ナチスドイツに協力するロシア内最大の不満分子地域だった。そしてあまり知られていないが、ドイツ側にはウクライナ人志願兵も多く、例えばSS・ナチスドイツ武装親衛隊には第14SS武装擲弾兵師団といったウクライナ人のみで編成された師団(5〜10万の兵力)まであったくらいだ。

そういったことから、ウクライナ人部隊は対独戦線ではなく、極東戦線に回された。そのウクライナ人による兵士が満州・樺太・千島列島に攻め込み、日本人民間人を相手に殺戮・強姦・略奪の限りを尽くしたのだが、そういった歴史的事実をキチンと捉えて先の大戦終戦待ちで死んでいった先人の悔しさと思いを忘れてはならないと思う。