>>285
『イタリア遺聞』(塩野七生、新潮文庫)によると、
まだトルコ民族が小アジアの流浪の民だった時代、スルタン(皇帝)の妻が
敵の捕虜になって、裸にされ、敵将の食卓の給仕を強制されたのだとか
これ以後、トルコ民族にとってこのような屈辱的な事態が二度と
起こらないようにスルタンの正式の結婚は禁じられたのだそうです
ハレムの奴隷女ならば、何人捕虜にされ裸体でサービスさせられても
スルタンの体面には傷がつかないということで