あきらかに今回は、
ますますグレタ化しているアン子の進歩的正義感の裏に潜む、
危うさ脆さを皮肉的に描写している。と思う。

一見、純粋な正義感のように見えて、
アン個人の抑圧された願望や私情が無自覚に織り込まれている。

要はアン本人が、美人やパリやらが羨ましくてしょうがないのである。
ド美人にギルを取られるのが悔しくて悔しくてしょうがない。
だがその悔しさを自分で直視できないので、結婚制度そのものを攻撃して憂さを晴らしている。
そのコンプが堰を切って暴発するのがダイアナの恋を知った時で
美人が巴里やら男やらなんでも容易に手に入れて青春を謳歌しているこの格差。

一方のダイアナも、純粋な郷土愛でジョリー一家を愛しているのだが
半分は色ボケと言われても図星なので、引っ込みがつかないわけだ。