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【サッカー】<ダイビングヘッドで代表50発の岡崎>下手だからこそ誰よりも努力を重ねてきた“侍”©2ch.net

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2017/03/31(金) 09:04:13.46ID:CAP_USER
【No Ball,No Life】28日のロシアW杯アジア最終予選タイ戦で、日本代表FW岡崎慎司(30)が国際Aマッチ通算50得点を記録し、釜本邦茂氏(72)、三浦知良(50)=J2横浜FC=に続いて歴代3人目となる大台に到達した。

 大相撲春場所で感動の逆転Vを果たした新横綱稀勢の里とは同じ1986年生まれ。長い下積み時代を経て頂点にたどり着いた遅咲きの稀勢の里と同様に、岡崎も努力を重ね偉業を遂げた苦労人だ。

 2005年、兵庫・滝川二高からJ1清水に加入。この年の清水は高校生の新人獲得数は当初の目標を満たしており、岡崎の獲得は予定されていなかった。しかし、当時の興津大三スカウト担当が「気持ちの入ったプレーをする。他の若い選手の刺激になる」という考えで、上層部に直談判。特別に入団が許可された。同スカウトの熱意が本人にも伝わり、神戸も獲得に動いていたが、清水へ加入することが決定した。

 入団1年目はFW登録選手8人中で8番手。リーグ戦もわずか1試合に出場するだけだったが、「自分は下手だから練習しかない」と決して腐ることはなかった。

 練習後に砂浜を走り体力をつけ、短所と自覚していた鈍足を克服するためのトレーニングを行うなど、欠点を克服。その後は徐々に頭角を現し始め、3年目で21試合出場5得点の数字を残し清水の戦力となると、4年目の08年には日本代表に初招集されるまでに成長した。

 50得点目でも見せたように、岡崎の代名詞といえばダイビングヘッド。その原点は小学生のとき在籍していた宝塚ジュニアFC時代にあった。小学2年から4年間指導した当時のコーチ、山村俊一さんは「ヘディングは誰よりもうまかったので、慎司だけには『どんなボールにも頭でいけ』と指示していました」と遊び感覚の練習も取り入れ、ヘディングを指南した。

 精神面もしっかりと教育。男気ない言動には「侍っぽくない」と指導した。そのため当時のチームの合言葉は「侍」となり、岡崎が清水に入団した際には、山村さんや仲間が「侍」とデザインされたシャツを贈り、その寄せ書きに「止まらないで飛び続けろ」という意味も込めて『一生ダイビングヘッド』と書きました」(山村さん)。これがいまの岡崎の座右の銘となっている。

 誰からも愛されるキャラクター。ファンサービスにも笑顔で応じ、メディアにも“神対応”。記者もドイツ・ブンデスリーガにいた時期によく取材したが、地元のドイツ人記者も驚くほど、長い時間にわたり報道陣の質問に真摯(しんし)に答えてくれていた。

 稀勢の里は小学校の卒業文集で「天才は生まれつき。もうなれません。努力で天才に勝ちます」と書いた。岡崎も下手だからこそ誰よりも努力を重ねてきた。ともに努力を実らせた30歳の“侍”。円熟期を迎えたその活躍から目が離せない。(一色伸裕)

サンケイスポーツ 3/30(木) 15:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170330-00000518-sanspo-socc
2名前をあたえないでください
垢版 |
2017/03/31(金) 09:08:23.22ID:Z8tqJqjm
5年後になくなっているもの5つ
https://t.co/MLpYxSR9zC
3名前をあたえないでください
垢版 |
2017/03/31(金) 09:22:59.32ID:Mt2gquPB
サムライだ
https://t.co/ka9UreWQKn
4名前をあたえないでください
垢版 |
2017/03/31(金) 12:43:15.81ID:J9VijW4P
パンチドランカーになりそう
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