1:6レスCP:0
関西人に方言札をつけよう
- 1 名前:名無す 2026/05/03(日) 22:38:25.33 ID:62mEfZfc
- お似合いじゃん
- 2 名前:名無す 2026/05/08(金) 11:10:20.15 ID:XodtHAYK
- 大阪弁の兵隊なんかその場でビンタですよ
こんバカタレが
ちゅうて
- 3 名前:名無す 2026/06/23(火) 07:34:51.88 ID:o56DGTXo
- 飲酒運転疑惑の夫婦YouTuber、活動継続を宣言… 「犯罪者に仕立てあげようとしてるお前らの方が逆に犯罪者。かっこ悪いことすんなって」 [冬月記者★]
http://hayabusa9.5ch.io/test/read.cgi/mnewsplus/1782139949/380
こういう民度を普通に曝け出せるって関西人っぽいなと思ったらやっぱり関西人だった。
マジで全く知らない、動画観たことない状態でコメントだけで出身当てられるのって関西人ぐらいだわw
- 4 名前:名無す 2026/09/05(土) 21:29:13.11 ID:Cs6qCJQg
- 「トンキンが何ぼのモンじゃ~い!」
PL親父こと、朴虎吉は大阪を愛していた。
しかし、その愛は屈折していた。
近代以降の大阪人が、実は他県頼みで、いざという時に無能と揶揄される歴史に、彼は人一倍劣等感を抱いていたのだ。
虎吉が激しく嫉妬し、同時に憎悪したのが、戦前の日本陸軍における最強部隊の一角、龍兵団や照兵団といった、九州や関東などの精鋭たちだった。
彼らの勇敢さの記録を読むたび、虎吉は部屋の畳をかきむしった。
「何が久留米の菊龍兵団じゃ! 何が宇都宮の照兵団じゃ! 泥臭い真似しやがって!」
虎吉が他県の精鋭に嫉妬するのには、もう一つ裏返しの理由があった。
地元・関西の兵団に対する、歴史的な悪評への苛立ちである。
「御身大事、か」
虎吉はぽつりと呟いた。
戦記物の中で、大阪兵の気質を揶揄する言葉としてよく使われる表現だ。
命を捨てることを美徳とした時代において、合理的と言えば聞こえはいいが、要するに死にたくないという本音が勝る気質。
虎吉の脳裏に、かつて戦場で生き残るために仮病を使い、泥の中で戦火をやり過ごしたという、古い老人たちの噂話がよみがえる。
熱が出たと偽り、腹痛を訴え、勇猛な新潟県の部隊が最前線で散っていくのを後方で見つめていた大阪の男たち。
「生き残ったもん勝ちや。泥水をすすってでも、生きてりゃ勝ちなんや……」
だが、虎吉が本当に頭を抱え、そして逆上したのは、隣の京都に編成された第16師団の歴史だった。
ある夜、虎吉は擦り切れた資料を指でなぞりながら、独り言をつぶやいた。
「南京の時、京都の第16師団が何したか知っとるか……。
万単位の集団レイプ事件や。あいつらの素行の悪さのせいで、欧米における日本人の評価は地に落ちたんや。
関西の兵隊は弱いと言われただけやない、日本軍最悪の部隊って言われたんは、この素行の悪さのせいじゃ……!」
虎吉の胸中で、他県への嫉妬と、身内の歴史的汚点への恥辱がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
彼は再び窓を開け、東大阪の夜空に向かって、届くはずのない怒声を張り上げた。
「おい、トンコツ、ギョーザ! 見とれよ! タコヤキをなめるなよ!」
- 5 名前:名無す 2026/09/06(日) 18:53:09.79 ID:IJAvQ4ou
- わればば食わすど?ら
- 6 名前:名無す 2026/10/24(土) 09:58:39.82 ID:zwM9i1be
- 1999年、東大阪の薄暗いアパートの四畳半。虎吉の視線の先には、ブラウン管のモニターが白々と光っている。開設されたばかりの2ちゃんねるの掲示板。彼は不自由な片脚の断端をさすりながら、キーボードを叩いていた。画面に並ぶのは、東京を中心とした関東への罵詈雑言。それが、今の彼のすべてだった。
1947年、虎吉は生野区の長屋で生まれた。在日の父と、被差別部落出身の母。当時の大阪にあっても、それは二重の烙印を背負うことを意味した。
「虎吉、よそで自分の家のことは言うなよ」
母親のその言葉が、彼の幼少期のすべてを規定していた。周囲の冷たい視線から逃れるように、彼は1961年、14歳のとき、同じ生野の路地裏を走り回っていた幼馴染の少女を見送った。彼女は家族とともに、万景峰号に乗って地上の楽園へと旅立っていった。のちに北朝鮮の最高指導者の母となるその少女の、寂しげな横顔を虎吉は生涯忘れることはなかった。
やがて進学した大阪朝鮮高級学校では、周囲の純血を重んじる空気と同級生からの執拗ないじめに耐えかね、16歳で中退。居場所を失った虎吉は、自らの身体の中に流れる複雑な血と、もう一つの秘密に苦しむことになる。
虎吉は、男が好きだった。
1983年、36歳になった虎吉は、若き日の天才投手、桑田真澄の姿を目にする。球場のトイレで、虎吉は偶然にも桑田が用を足した後の着替えの瞬間を目撃してしまった。その時、少年の白い尻にポツリとあった小さなホクロ。それは、荒んだ虎吉の人生において、なぜか奇妙に鮮明な、美しい記憶として心に刻まれた。
1989年、42歳の秋。堺の食肉解体処理場で働いていた虎吉は、重機の間車に巻き込まれる凄惨な事故に遭う。激痛のなかで意識を失い、目覚めたときには、片足の膝から下が失われていた。
「なんで俺ばっかりが、こんな目に遭わなあかんねや」
1996年には東大阪の家賃の安いアパートへと流れ着いた。そして1999年。52歳になった虎吉の指先は、キーボードの上でだけ、かつて失った片足以上の躍動感を持って動いていた。
『頭狂人が偉そうにするな。大阪様の底力をなめるな』
虎吉は画面に向かって、呪詛のように文字を打ち込み続ける。男を愛し、国籍の狭間で引き裂かれ、片足を失った一人の男の叫びは、匿名という盾の向こう側で、果てしないデジタル世界の海へと消えていった。
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