ビルマの密林は、湿気と死臭に満ちていた。福岡・久留米の菊兵団の兵士たちは、泥をすすり血を流しながら、執念で敵の拠点を奪取した。
しかし、上層部の命令は非情だった。せっかく占領した拠点を、京都の安兵団に譲り、さらなる前進を命じられたのだ。
「奴らにここを任せて大丈夫なんか」
菊の兵士たちの不安は、最悪の形で的中する。敵の反撃が始まると同時に、京都の部隊からは「あきまへんわ」という悲鳴に似た声が響いた。
彼らは陣地を放り出しただけでなく、野戦病院に取り残された負傷兵たちをも置き去りにして潰走した。
菊と安の間に刻まれた溝は、犬猿の仲という言葉では生ぬるいほどの決定的な憎悪へと変わっていった。

時代は流れ、戦場は国内の閉鎖空間へと形を変える。兵庫出身の作家、野間宏が描いた名作『真空地帯』。
その題材となったのは、厳しい軍隊内私刑(リンチ)で知られる大阪歩兵第37連隊だった。
敵への強さではなく、身内をいたぶることで秩序を保とうとするイジメ体質。その忌まわしき伝統は、戦後、奇妙な形で形を変えて生き残ることになる。

後年の大阪、PL学園の野球部。甲子園の栄光の影で、少年たちは軍隊さながらの階級社会に身を置いていた。
「奴隷の1年、鬼の2年、閻魔の3年」
その壮絶なイジメは、時に死者すら出すほど苛烈を極めた。

「イジメは大阪の文化や」
誰かが吐き捨てたその言葉を裏付けるかのように、大阪府は児童虐待通告件数で9年連続全国最多という不名誉な記録を更新し続けていた。

朴虎吉、78歳。東大阪の片隅に生きる男。
野球の経験など一度もないにもかかわらず、PL学園の過去の栄光を我が物のように語り、関東や東京への異常なコンプレックスからトンキンと連呼する日々。
大阪を賛美する捏造コピペを貼り付け、ネットを荒らし回る彼は、住人たちから蛇蝎のごとく嫌われていた。

「強い者には尻尾を振って、弱い者には威張り散らす。トラブルの解決は話し合いより暴力。常に相手の弱点を探してマウンティング……。関西は人情の街なんかじゃ無い。品性のカケラも無いのが関西人や」

名もなき書き込みが、虎吉の歪んだ自尊心を鋭く抉る。
戦場の置き去り、戦禍の暴虐、軍隊のリンチ、そして現代の虐待とネットの憎悪。形を変えながら連綿と続く、大阪人の醜い業の連鎖が、そこにはあった。