>>297
宮崎の方言は西南九州の方言として、元々肥筑方言の南部域と共通の基盤の上に
あったと思っている。
後に、中央の統制が効きにくい肥筑南部域や薩隅方言域で九州固有の新しい変化が起き、
一方で日向方言には目立った独自変化は起こらず、三者は異なる方言へと分化した。
しかしながら新しい変化を生み出す地域に隣接する場所柄、これら固有変化の幾つかは
長い年月をかけて日向方言にも浸透していき、方言を特徴づけることになった。
アクセントについても、西や南からの影響とのせめぎ合いで、より親和性の高い方向への
変化と言うことで概念の放棄、崩壊を起こしたのだろう。

両豊方言域は、九州の新しい変化を生み出す地域からは遠く、中央からの変化への
統制も効きやすい場所だったため、結果として九州固有の変化が比較的少ないことが
方言の特徴となった。

西南九州の独自変化を起こす力と中央語の独自変化への抑制力、この二つの要素の
均衡線が>>291の博多−延岡のラインだと見ている。