つうか、仙台市民なんて、10代でも十二分に「訛ってる」よ。
共通語も首都圏方言も「自称」では「使えている」というし、
ちょっと聞くだけだと、これに騙される人も多いが、実際には全く使えていない。
結論からいうと、その理由は、「音素としてのアクセントの知覚が、実は全く脳内に存在しない。」
東京方言や共通語の高低アクセントを、音楽的な抑揚イントネーションとして理解しているだけで、
それが音素(発音の区別)の一種として、脳内で判断されていない。
このことは、次のことでよくわかる。

・緊張したり怒ったりすると、音程の高低が、有形アクセント話者では絶対にあり得ない箇所でブレたり、崩壊したりする。
・未知の単語や表現を大量に含む文章について、適切なアクセントを振ることが出来ない。
・首都圏方言のアクセント変化について、有型アクセント話者では絶対に思いつかない「謎の評価」を下す。

これ、崩壊アクセント話者以外の場合、いずれも絶対に起きない現象なんだよね。
緊張したり怒ったりすると、母語アクセントが却って安定するのが、有形アクセント話者。
未知の単語を含む文章でも、自然にアクセントを振れるのが、有形アクセント話者。
「神戸(こうべ、関西の港町)」のアクセントが「平坦化してる」なんて決して言わないのが、有形アクセント話者。