3.「〜ヤン」はどこから来たのか?――周縁から中心への逆流

 それでは、大阪府や奈良県以外の、現在の老年層における「〜ヤン」の使用状況はどうなっているでしょうか。これは、「近畿言語地図」[5]の図3「見ない」(岸江2014)からわかります(図中の赤線は筆者が加筆)。
 これによりますと、奈良県南部や三重県、和歌山県では、現在でも多くの老年層の方々が使用していることがわかります。つまり、和歌山や三重の「ミヤン」は、老年層世代から若い世代に、受け継がれてきたものです。


一方、「コヤン」は、老年層での使用はほとんどありませんが、若い世代では使われています。
ネオ方言[6]として新たに発生した「コーヘン」と「キヤヘン」が混交して「コヤヘン」が生まれ、その後「コヤン」になったと考えられます。
いずれにしましても、この「ミヤン」「コヤン」の分布から、「〜ヤン」は、和歌山県や三重県などの地域から、近畿中央部に流入してきたものと考えられます。
 方言分布に関する原理・原則としての「方言周圏論」では、文化の中心(都など)から周縁への伝播といったことが基本です。
ところが「〜ヤン」は、そうではなく、周縁から中心への逆流であると考えられるのです。このような逆流現象は、首都圏でも指摘されています(井上1993)。

 4. なぜ若い世代で「〜ヤン」が使われはじめたのか?

 では、いったいなぜ近畿周縁部で使われている言い切りの形の「〜ヤン」が大阪の若年層に、突然使われだしたのでしょうか。
 ひとつには、「〜ヤン」が受け入れられる下地があったことが考えられます。大阪の老年層や壮年層は、「ミヤン」を言い切りの形では使わないのですが、言い切らずに後ろに続く形の「見なくて」の場合は、「ミヤント」を使用します。
つまり、「ミヤントアカン(見ないといけない)」などの形で、普段から「〜ヤン(ト)」を使っているので、言い切りの形も容易に受け入れられたのだと考えます。
このような使い方は、特に女性に多くみられます。
 表2を見ると、若年層においても、実際に「〜ヤン」を積極的に取り入れているのが、女性であることがわかります。