東京式と無アクセントが縄文語の名残って滅茶苦茶だな。
京阪式が無くたって、東京式だけでも各地のアクセントを調べれば今の東京式よりも複雑だった事が分かる。

二拍名詞は東京(中輪)で1/23/45という別れ方をしている。豊橋(内外輪)では12/3/45。これだけで既に、かつて日本語アクセントに1/2/3/45というのがあった事が想定出来る。ならそれはどこに?
山形県大鳥では1/2/345。ほら1/2/3が違うものが現存してたな。
4と5の区別はどうか。島根県大社(外外輪)では12/34/5と分かれてる。

一拍名詞は東京で12/3、豊橋で12/3、名古屋(内輪)では1/23なので一拍名詞にも1/2/3の区別があった事が分かる。
これで東京式だけでも昔の日本語アクセントに一拍名詞1/2/3 二拍名詞1/2/3/4/5という体系が存在していた事が想定可能。そして実際に伊吹島にこの体系は現存してる。

そもそも平安期アクセントなどを京阪式と言うのは間違いで、京阪式というのは二つの式と下げ核を区別する体系なので、昇り核などの区別も必要な複雑な平安期アクセントは京阪式とは別の存在と見なすべき。平安時代には一拍名詞は五種類あったし、二拍名詞なんて九種類も区別してたんだぞ。FHとかFRみたいなアクセントの中に窪みが出来るものは例外として其れ以外なら存在できた。「歯RF」とか。京都という土地に昔存在してただけの現行のアクセントとは別の存在と考えた方が良い。
中輪東京式は基本的に室町時代の京都の体系から誕生したと考える事も出来るが、一部の語彙はそれでは説明出来ないので、今では平安期のアクセントから分岐して室町京都型に類似した体系に一旦なった後に今の東京アクセントに変化していったと考えられている。
というか縄文語が云々って「関西人が嫌いで連中と同じ言語なのが嫌だから縄文語の子孫って事にしよう。関西弁は同じく耳障りな中国語の仲間って事にでもするか。」みたいな稚拙な感情論で作られているとしか思えないものがほとんど。理論が感情に支配されるのはルイセンコ農法を彷彿とさせる。