昭和時代初期に、NHKが、それまで「流行歌(はやり歌)と呼ばれていた大衆歌曲を放送する際に、
「はやるかはやらないかわからない歌を〈はやり歌〉とするのは適当でない」として「歌謡曲」として放送した。
これによって「歌謡曲」は、日本のポピュラー音楽全般のうち歌詞のあるものの総称として用いられるようになる。

1990年代以降は、演歌と混同されがちであるものの、本来はあくまで西欧のクラシックやポピュラー音楽の日本における派生形である。
日本では元々「歌謡曲」はいわゆるクラシック音楽の歌曲を指していた。
藤山一郎、淡谷のり子らの本職ともいえるジャンルの音楽である。
演歌の基礎とされる古賀メロディーも、その初期はマンドリン・ギター音楽の研鑽から作られたものが多く、洋楽調の曲であった。