このスレで偶然見つけた「共感ゲーム」という単語は、社会学をバックグラウンドに持つ私にとって、とてつもなく巨大なテーマになりそう。
私が否定したかったのは、日本の音楽業界ではなく、日本の共感ゲームだったんだ。
コミットするのもデタッチするのも、結局のところ票を集めるための施策であって「真実の探求」からはかけ離れた行為なのよね。
100万票集めたら地球が球体から2次元に変形するのか?
そんなことないわけで。
もし、私しか気づいていない真実があるとすれば、50億人を敵に回しても戦うことになるんじゃないかしら。
私が欲しいのは「味方、お金」ではなく「真実」だ。
味方とお金は最小限で良いのよ。それよりも、真実を1つでも多く発見することが重要。
この考え方で生きている人間は、バブル世代にも、ゆとり世代にもいないわけで。
それであれば全方位に砲撃するしかなかったってことだ。
それは今気づいたことだけども。
私の頭脳、言葉、そしてDTMは、私が持つ数少ない武器なんだろう。