>>651
バイトで音楽ライターやってた時代は来日中のEL&Pのキースエマーソンのインタビュー仕事とかやってたね
「深層の美意識」にわりと詳しく様子が書いてあった記憶

あとはWikipediaコピペ
早稲田実業学校高等部商業科に入学。(中略)新宿のロック喫茶店に毎日入り浸り、
ファンとしてミニコミ誌「ロック・ボトム」に参加し、アルバムの感想と評論を書いた。
早稲田大学社会科学部に進学し5年ほど在籍、在学中にプロ・ミュージシャンとしての活動を開始する。
初めての現金で支払われたギャランティーは、18歳でダンスパーティーのバックバンドでキーボードを担当した時の演奏代で5千円だった。
(中略)授業料を楽器代に使い廻していた為に単位が取れず、小室も「授業料を払う位ならシンセサイザーを買った方がいい」と考えたために除籍となる。
「真っ当な職に就くべきなのか」と焦りを感じつつも、音楽雑誌「Player」の当時の編集長の紹介でいくつかのレコード会社とつながりを持ちながら、
その後も数々の数え切れない色々な人のバックバンド・スタジオミュージシャンを務め(以下略)