>>98
人の認識は全て、流動する当体の恣意的分断である。
この恣意的分断を意図的に言明するには
発話者の言語論理学的、社会言語学的な道義が、そこで生まれるんだよ。
畢竟、多くの人達のパラグラフを構成しえないセンテンスは
発話者の個人的審美的価値観を呈する事にしかならない。

あなたの親を怨んではいけない。
人間は、どんなに歳をとっても成長出来る物なんだ。
どうぞ、ご自愛下さい。