>>72
>自然で手を加えていないものが美しいって言いたいのかな?

いや、そうじゃないのよ。
例えば、船や飛行機だって、すっごく自然の合理に従って造ってるから、浮かぶわけでしょう。
そして、そうやって自然の摂理にかなって産まれた形状はとても迫力があったり美しかったりするでしょう。
音楽もそういう「自然のチカラ」に逆らわずに、逆に自然の力を利用するような、そういう書き方や演奏の仕方が美しいかなと。
まあ、抽象論だけどね。
この私が言う飛行機や船の「善」に対して、「悪」はないわよ。
理にかなってない飛行機や船は浮かばないわよね。沈むし落ちる。

ボカロ曲は、小学生が考えた「ボクが考えた最強の飛行機!」って感じなのよね。
夢いっぱいだけど、絶対に飛ばないなつーさ。
それはさ、多分、作者の知能がそのまま表現されてしまっている。
これ、侮蔑じゃなくて、ホントに作曲なり編曲はアタマの中身が出るのよ。
例えば、音がぶつかって濁ってるとするじゃん。アタマ悪い子はフェーダーで音量下げて調整しようとするじゃん。
でも、頭いい子だったら、ぶつかってる音を外すか、主旋律なりルートを変更するでしょう。
このへんでも、要領の良さや機転の利かせ方が出るしさ。

音楽って、コダワリと機転の複合的なものだから。打ち込みやってると気づきにくいけど、音にはフィジカルな、体の動きを含む要素が凄くあるからさ。
「このフレーズの動かし方、上手いな!」みたいなのがスゲーあるのよ。つーか、そういうものの集合体よ。
まあ、好き嫌いとは別よ。

ボカロ曲好きは、要領悪い、不器用なヤツ多いんじゃないかしらね。
「え?そっち行っちゃうの?ええ?そこで揉めるの?そこで喧嘩するの?ええ、もうやめるの??」
色々大変だろうなって感じ。道徳的な善悪つーより「要領の悪さ、しつこさ」を、音からすげー感じる。