あ!わかった
結局、日本人の音楽の聴き方が「雑」って事じゃないか?
(ここでいう『日本人』は公共性と公益性を伴ったメタファーでありアレゴリーである)
たとえば
おおくの『日本人』(ここでもレトリックを使わせてもらう)は
セント・パトリック教会と
ペンテコステ派教会を
同じキリスト教だと思い込み、同じキリスト教ではあるが
宗教的信条と政治的信条が全く逆であることを知ろうとしないで
同じ「キリスト教」で還元する。

「キリスト教」についてそこまで考える人はいないよ!

という言質、言明に言葉の価値は無い。
なぜなら、ここで語る「キリスト教」は徹頭徹尾アナロジーだからだ。

前に2つの曲を(youtube)であげたが、ひとりだけ「複雑に聞こえる」という感性に響く回答を得たが
残りは、アーティクルに対するアグレッションビヘイビアばかりだった。
ここなんだよ。
日本人の要素還元主義が「音楽に対して」感性が鈍化しているのは。

そして、この2曲の問いかけさえレイヤーが全く違う
「論題の非共有」に持ち込みがちなんだ。
日本人と韓国人と中国人(北部)はね。