現実のブラックホールに直接触れられないのであれば、実験室の内部に同じ物理法則に従う環境を人工的に構築すればよい。この「アナログ重力」と呼ばれるアプローチのもと、独パーダーボルン大学のLorenzo M. Procopioや、イスラエル・ワイツマン科学研究所のUlf Leonhardtを中心とする国際研究チームは、光ファイバーを用いた精密な光学実験を展開した。
実験の舞台となるのは、長さわずか7 mmの特殊なフォトニック結晶ファイバーである。研究チームはここに、極めて短い時間だけ強烈に発光する超短パルスレーザー(ポンプパルス)を撃ち込んだ。光ファイバーを構成するガラス素材は、強い光を浴びるとその部分だけ屈折率がわずかに変化する「カー効果」と呼ばれる非線形光学特性を持っている。ポンプパルスが進むにつれて、ファイバー内には屈折率が変化した「動く媒質」が形成される。
そこへ後方から、波長の異なる別の光(プローブパルス)を入射させる。プローブパルスがファイバー内を進み、前方を走るポンプパルスによる屈折率の波に追いつこうとする状況を作る。しかし、屈折率が変化した領域に入るとプローブパルスの進む速度は遅くなり、それ以上前へ抜けることができなくなる。光が境界を越えて前進できなくなるこの力学的な構造は、ブラックホールの事象の地平面と数学的に全く等価な振る舞いを示す。