>>33 続き

//画像転送という通俗的理解を正し、忠実度0.60の物理的意味を測る
本研究が科学メディアで報じられた際、「画像がテレポーテーションされた」という見出しが躍った。しかし、この表現をそのまま受け取ると実験の本質を見誤る。家庭用スキャナやファクシミリのように画像ファイルを電子データとして送信したわけでもなければ、紙に描かれた絵が消えて別の場所に現れたわけでもない。
実験で入力信号として使われたのは、10×10の格子状に並ぶ各空間モードを1つの「画素(ピクセル)」に見立て、全体としてアルファベットの「Q」の形状を表現した100次元の光電場パターンである。Jing教授がScienceAlertに対して説明しているように、実際に転送されたのは「振幅側と位相側の直交成分によって特徴づけられる、各空間モードにおける光電場の連続量量子状態」である。各画素に対応する光の波の量子力学的な揺らぎの分布が、もつれ光場を介して受信側へ移された。
量子状態の転送精度を測る尺度は忠実度(Fidelity)と呼ばれる。忠実度は0から1までの連続値を取り、1.00が完全な状態転送に相当する。量子力学において重要な基準となるのが「古典限界」だ。量子もつれを利用せず、古典的な測定を行ってその数値を通信し、受信側で状態を再構築した場合、不確定性原理に起因する測定雑音が必ず混入する。このため、もつれを用いない古典通信による転送忠実度は、どれほど優れた装置を用いても理論上の上限を超えることができない。
本実験の光学系における古典限界は0.52と算出されている。忠実度が0から0.52までの範囲にとどまる限り、それは古典通信のみでも達成可能な領域にすぎない。しかし、本実験で測定された100画素全体の平均忠実度は0.60に達した。研究チームの報告によれば、10×10のすべての空間モードにおいて、忠実度が古典限界の0.52を上回ったとされる。
平均忠実度0.60という数値は、一般的な写真の転送品質という感覚から見れば粗いものに思えるかもしれない。しかし量子力学において、0.60と0.52の差は決定的な意味を持つ。古典的な測定と通信の組み合わせでは原理的に到達できない領域へ、100チャネルすべてが同時に踏み込んだことを示しているからだ。この0.08の差こそが、光の波の伝播において量子もつれという非局所的な相関が機能したことを示す証拠となる。
なお、公開されている学術情報および報道資料では、各チャネルの誤差範囲(エラーバー)や最良値・最悪値を含む分散データは明記されていない。したがって、現時点では0.60という平均値を基準としつつ、チャネル間のばらつきについては今後の追試や詳細データの公開を待つ必要がある。