芸名の売却後、芸名を本名の内田啓子にすることも考えていたが、内田裕也が「(内田を芸名にすると)俺の個性が君の芸にからむようでまずい」と反対し、改めてTBSプロデューサーの久世光彦らが同席して新芸名を考える会議を行ったが、久世から「そんなイージーな役者は死ね」と叱られたほどだった[28][29]。その久世からは「芸名が変わると誰だかわからなくなるから、買い戻してくれないか」とも、「『母啓子』(ははけいこ)という芸名はどうだ。年をとったら、母に濁点付けて『母゛(ババ)啓子』だ」とも言われたことがあった[15]。仕方なく、辞書を引いて文字を拾いながら決めることにし、この4文字から「樹や木が集まり希(まれ)な林を作る=みんなが集まり何かを生み育てる」ということを連想し、自ら樹木希林に決めた[28][25]。しかし、この由来は改名後に受け取ったある人物からの手紙に書かれていたことを気に入って採用したものだと、BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』において自ら語っている。