横山大観がすごい理由は、輪郭線を描かない革新的な画法「朦朧体(もうろうたい)」を確立し、近代日本画の礎を築いたからです。
朦朧体の発明
* 従来の日本画は、対象を墨の線でハッキリと囲むことが決まりでした。
*
* 大観は西洋絵画の光の表現を取り入れ、線を使わずに色彩の濃淡だけで空気や光を描きました。
富士山へのこだわり
* 生涯に1,500点以上もの富士山の絵を描きました。
* 朝、昼、夜、そして四季折々で変わる自然の表情を、圧倒的なスケールと精神性で表現しました。
*
日本美術院の再興
* 岡倉天心らと共に、伝統にとらわれない自由な日本画の発表の場を守り抜きました。
*
* 初代理事長として後進の育成に力を注ぎ、近代日本画壇のトップとして君臨しました。

横山大観はいつ生まれましたか?
横山大観は、1868年(明治元年)9月18日から1958年(昭和33年)2月26日まで生きていた日本の日本画家です。
近代日本画の巨匠として明治・大正・昭和の激動の時代を駆け抜け、新しい表現方法である「朦朧体(もうろうたい)」の確立や、日本美術院の再興などに尽力しました。